第六大陸1 小川一水 ハヤカワJA

 自分の属している業界というのはやっぱり専門的にもよくわかるし、動向がそれなりに把握できている。したがって、部外者が描くと「それはちょっと違う」という感想を抱く。それは仕方がないことなのだ。逆に、専門家が書くと部外者にはつまらない楽屋落ちが多くなることがある。プロジェクトXなどでは、そういった苦情に対しては「フィクションですから」ということにしているようだ。
 SFに限らずフィクションに類する小説の世界にどこまでのリアリティを与えるか、どれだけ架空のものとするかが問題なんだろう。現実に近ければ近いほどリアルだが、そこに架空の設定を紛れ込ませるときにとても苦労するだろう。
 さて、標題の「第六大陸」は日本の特殊施設を得意とするゼネコンが月に基地を建設することを請け負った物語であるので、どうしても建設業界を描かなければならない。小川一水氏の親族が建設関係者であるため、また、本人が業界でアルバイトをしたことがあることから比較的建設関係に突っ込んだものの書き方をする。その書き方は非常に身内的であり、好ましいものであるが、前述したように「そこは違う」という微妙さが生まれてしまった。これは、あくまでも自分が建設業界に籍を置き、また、年代的にまさにど真ん中の年代なので感じてしまっていることなのかもしれない。作家の方によっては「そこまで突っ込まれても」と言う方もいる。まして「フィクション」なのだ。だが、それゆえにその微妙なものを無くせばすごい作品になる要素を秘めているのだ。 
一番違和感を感じてしまったのは,これだけの大型物件をやっつける会社の若手の社員が「坪」という面積換算をいちいちすることはない。いま、の入社3年目の若者は坪と平方メートルの換算がわからない。主人公がそれだけ優秀なのかもしれないけれども、坪という単位は一般個人住宅の単位にしかほぼ適用されないものになっている。ましてこれから20年後である。ゼネコンの社員は使わないものとなっているはずだ。いや、俺もすでに使わないし。
 小川氏の交友関係とか取材先はよくわからないけど、これだけの大掛かりなプロジェクトをやれる会社というのはそれなりに決まってきちゃうので、日揮とか日立プラントみたいなプラント系ゼネコンに取材するのがいいような気がする。土建屋というよりは。枝葉に入って実際の建設は土建屋がやるんだけど、プロジェクト推進はプラント屋のほうが得意だし。自分が答えられる範囲ならいくらでも協力する用意はあるんだが。ええ。ボランティアで。 
 小川一水氏自身がSFマガジンのインタビューで述べていたが、ライフワークにするつもりだったというくらい、壮大なドラマ仕立てができたはずの構成である。これを上下2巻に収めてしまうのはなんとももったいない。これはダイジェスト版として、さらに大きく話を膨らませていってもらいたい。まさに、エクステンディッドエディション。1巻を読んでいて、もったいないことはなはだしい。もっと、サイドストーリーをたくさん仕立てて、いろんな要素技術が主人公たちのR&Dで集約されていく様をプロジェクトXじゃないけど、じっくりと書き上げてほしかった。この小説の肝はそのあたりなんじゃないだろうか。
 とにかく、2巻がどう転んでいくのか、小川氏のこれまでならハッピーエンドで終わらせてくれていたけど、今度はちょっとムーンサルト気味に着地するような気がする。つまり、月まできたから次はエウロパだ、みたいな。そろそろ、渋めの結末をかけるようになってもいい。伏線はたくさん張り巡らせてあった。どう、まとめていくのか。
 つまりだな、とても楽しみだということだ。