アド・アストラ後編。

なんとかまとめた。まとまってないかもしれない。SF的にはなんのセンスオブワンダーもない。
いろんなものの寄せ集めになっちゃった。ま、いいか。
 
 
 



結局、僕は土星系の片隅の中継ステーションにたどり着いた。
なぜかは、よく覚えていない。
ラースタチュカが僕をそこへ運んだのだろう。僕が駄目になっているときは、ラースタチュカのAIが頼りになる。
入港手続きを終えて、宇宙港のゲート近くにある古ぼけたバーに足を向ける。船内の食 料も尽きていたし、船に篭っている気にはなれなかった。
足をとめたのは白鹿亭とかバワリー亭なんてのも並んでいたが、「鉛の兵隊」亭の前だった。踊り子に恋した鉛の兵隊は、どうなったっけ。昔もらったテキストデータに入っていたような気がする。

名前は思い出せなかったが、聞きなれた曲が流れだしてきたので惹かれたのだろう。扉を開けると、アーティフィカルのバーテンがうなずいて、カウンターに目をやる。
「ビールを」
「お帰りなさい。」
そして、彼が教え子の操縦士だったことを思い出した。タイタンでの攻防戦で重傷を負いながら基地へ帰還したはずだ。
「店を始めたんだね」
「あなたほどの幸運を持っていませんでしたからね。ま、それほどひどくもないようですが。」
ジョッキにビールをきっちり注いでカウンターにおきながら、微笑む。僕は彼にも一杯勧めた。
「再会に。」
「あなたにも。」
二杯目を注ぎながら彼は続けた。
「ラースタチュカは?」
「まだ乗ってるよ。他の船はしっくりこなくてね」
「しばらくはこちらに?」
「そうだな。行き先を考える間かな。」
「どうぞごゆっくり。」
そう言って彼はほかの客の応対に行った。


僕は、歌が流れてくるステージのほうを見て、驚いた。


彼女そっくりのVOCALOIDが歌っていた。長い髪を二つにまとめた少女のような姿で。
いや、彼女そのものだった。
いくつかのテーブルはその歌に聞き惚れる観客で満席になっていた。


そうだ。あの時のように。


僕は、カウンター席に座りながら、彼女に恋していた。


そして、彼女と飛べると知った時の歓喜
彼女の歌と飛んでいるときの興奮。


彼女を失った時の絶望。


アフターバーナーの青い炎をなびかせ、かけていく燕。
祈る僕。祈る人たち。
彼女のブリップが消失して、蒼天を朱く染め上げていく。混乱した戦場。
叫びが交錯し、襲ってくる喪失感。


僕は、流れ出す涙をぬぐうこともなく、少年の頃憧れたその歌声に、死の恐怖に立ち向かい乗り越える勇気を与えてくれたその透明な歌声に再び出会えた感動に震えていた。
カウンターの中のバーテンは、声もかけず、ビールの代わりにウイスキーのボトルを立てていった。強い酒が必要だと思ったのだろう。
年老いたアーティフィカル。体は永遠に生きても、心は新しくならない。
地球戦役での生き残りは、いったい何人いるだろう。戦争を生き延びたあと、数十年で彼らは、家族を失うとともに生きる意欲を失い、EVAスーツのまま、虚空へ旅立った。なぜ、僕はそれをしなかったのだろう。でも、その答えは今、やっとわかった。


「いつ、気がつくかと思ってた。」


僕が座るスツールの横に彼女は立っていた。そのしぐさも、香りも昔のままだった。テーブル席からざわめきと、あきらめの嘆息が聞こえてくる。


「あれは、幻だったと思ってた。きっと僕の心が生み出すゴーストエコーなんだと。いや、これがゴーストエコーじゃないと判別できない。」
「私は、あの瞬間NeGIシステムにアップロードされて、ネットワーク上で分散して存在していた。一部は、あなたのラースタチュカ03にも転送されていたの。あなたの機体のAIはひどく破損していた。NeGIシステムのネットワークグリッドを利用して帰投したの。」


そう、多分知っていた。赤と黄色に彩られたコンソールにわずかにともるグリーンとブルーのランプは自分自身のNeGIシステムのリモートインジケーター。死を覚悟していた。


「じゃあ、いつでもそこに?」
「実は、あなたのNeGIのローカル側にもちょっと。でも、こないだのアップデートのときに、上書きされちゃったけど。干渉しようとしたけど、障壁に撥ねられちゃった。」


ラースタチュカのラウンジで彼女はそう言って笑った。
「このVOCALOIDの素体にオリジナルのコピーをダウンロードしたわ。私自身はもうNeGIシステムの中核に強く関与しているから移動はできない。でも、私とコピーの違いは見分けられない。NeGIシステムのネットワークに接続できる限り、そのVOCALOIDは私自身。」
そう言って、彼女はくるりと回って見せた。
「じゃあ、僕はどれだけの時間を失ったんだい?」
「いいえ。あなたは時間を失ってなんかない。あなたがNeGIシステムに接続するたびに、あなたは私の世界を共有したし、あなたのローカルに残った私はあなたと時間を共有していた。あなたは気がつかなかっただけ。迷子になっていただけ。」
 彼女は突然、僕の手を取った。
「大丈夫?死にそうな顔をしている。」
「君にもう一度会えれば死んでもいいと思ってた。」
 彼女は優しく僕の頬をなでた。
「あなたはこの世界のために、できる以上のことをしてきた。」
「そんなことはない。ただ、僕は君の背中を追いかけてきただけだ。」
「どれだけの操縦士と、その家族たちがあなたに感謝しているかを知ったら驚くでしょうね。」
店を出入りする宇宙船乗りたちが、驚いたような顔をして、そして憧れのような顔つきで通り過ぎていくのは彼女のせいだと思っていた。


「変わらないわね。そうやって変わらないでいてくれたから、歌っていられたのよ。悲しくても、辛くても、変わらず聴いていてくれたから。だから、今度は自分のために生きるべきだと思うの。私も、あなたも。」
僕の横に腰掛けて彼女は僕を包み込んだ。
ラウンジの舷窓から、土星の巨大な輪が、凍った暗闇の宇宙の中で土星光に照らされて虹のように弧を描いていた。


「また、あの空を飛んでみたい。」
曇った舷窓のガラスに弧を描いて彼女はつぶやいた。
「また、歌声で蒼穹を満たしてくれる?」
彼女が柔らかな透き通った声で子守唄を歌ってくれた。


僕は、彼女の隣で、彼女の歌声と暖かな香りに包まれながら、眠りについた。
きっと、満たされるというのは、こういうことなんだろう。


僕たちを乗せたラースタチュカは、青く輝く惑星に進路を向けた。