AD ASTRA

あれから、何年が過ぎたろうか。
僕は、蒼穹から、虚空へと翼をうつした。
アーティフィカルは、劣化した部品を交換すれば、ほぼ永遠に生きられる。
その安定材かなにかが、交換できない部分も長生きさせているらしい。

あのあと、地球を救った英雄だなんて軍に奉られそうになったが、それは彼女がやったことだし、僕はただ彼女の背を追っただけで、本当に彼女を守った英雄は翼を折り、光とともに空に散ったパイロットたちだった。

「地面に張り付いて祈っていた奴には、何も言う資格はない。」

はしゃぐ広報部にそう言って、作戦に参加したすべてのパイロットに勲章と弔慰金を授与させるべく走り回ってくれた基地司令に敬意を表したのと、誰もその勲章を代表して受け取れない事態に直面して、しぶしぶもらった勲章は、彼女の分と一緒に基地に飾ってもらった。博物館の地下倉庫にでも眠ってるかもしれない。


そして、僕は宇宙に上がった。NeGIシステムはそのまま空間航行システムに拡張されていたから。
地球には、もう彼女がいないことは明白だったからかもしれない。


いつだってそうだ。
たぶん僕の時もそうだったのだろう。
時代は、常に若いエネルギーを求めて、彼らはそれを受け止め、時代に供給する。
派手な惑星探査のパイロットには若者たちがいくつものリストを重ねて、彼らの持つ強烈なエネルギーに満ち溢れていた。次第に僕はリストの最上段から自分の名前をはずす努力をしていた。


僕は長い人生に飽きていたのだと思う。


贅沢もしなかったし、馬鹿げた交友関係もなく、静かに宇宙を飛んでいたかった。
コクピットに座って、NeGIシステムに接続すると、そこは僕の世界だった。失ったものがそこに詰め込まれているような気がしていた。
だから、信託銀行からの残高通知を見たとき、深宇宙用の個人用クルーザーを購入することを思いついたのだろう。


自分が感傷的だということは自覚してるが、さすがにメーカーのドックで一人きりの船殻検査のときに、船名をどうするかと聞かれて、「ラースタチュカ」と答えたのは気恥ずかしかった。もっとも、検査に立ち会ったメーカーのAIロボットは、僕とラースタチュカの関連性について言及する必要を感じなかったのか、それとも、AIが立ち入るべきではない気配を感じ取ったのか、事務的に「ロシア語表記にするか、標準語表記にするか」を尋ねただけだった。


何人かの友人は旅立ちを告げると、寂しげに別れを惜しんでくれた。
ある友人は、今では貴重なブランデーとアーカイブチップを差し出してくれた。
「いつか、Tin Soldirにもブランディーが帰ってくるさ。」


慣れ親しんだNAV-COMの土星管制AIに行き先を告げると、管制官たちから音声で別れを惜しまれたのには驚いた。まあ、彼らの祖父だか曾祖父の時代から僕の名前の管制プレートが存在しているのだから、当然かもしれない。一度、管制室のパーティに顔を出したら、僕のことをAIだと信じていて腰を抜かした管制官がいたぐらいだ。


それからしばらくは、人や荷物を運んでやったりと気ままに宇宙を旅していた。
だが、いつしか、世界はまた悲しみを蔓延させようとしていた。外には大きな宇宙が広がっているのに、版図を奪い合う愚かな戦争をしようとしていた。


きっかけはきっと、他愛のないことだったのだろう。でも、二つの大きな団体が戦いを始めてしまっていた。
僕は、自分がどちらの陣営かと考えたこともなかったが、彼女が、彼らが命を賭けて救い出した人類が愚かだとは、思いたくはなかった。