ストラトスフィア 

ちょっと設定を変えてみた。つか、ニコ動のストーリーに近づけた。どうも機械の歌姫が気に入らなかったので、前回のストーリーはあやふやにして置いてみた。てか、人間だったんだけど。
今度は、アーティファクト、人造という言葉を入れてみた。ネギシステムの正式名称も思いついたし。



彼女は、基地のクラブで歌を唄っていた。

VOCALOIDと呼ばれる歌い手専門のモデルで、もう何年も基地で過ごしていた。そして、楽しそうに雇われパイロットとして民間用の高高度旅客機を飛ばしていた。


そのころ、人類には「生まれっぱなし」の「ナチュラル」と何らかの理由で体の一部あるいは殆どを「人工の器官」に置換した「アーティフィカル」が存在した。人権的にはその二者に区別はなかった。
しかし、ある程度の器官を置換したアーティフィカルは人造器官との補綴効果によって、ナチュラルが及びもつかない長命となった。しかし、その殆どは、精神が耐え切れずに自ら命を絶っていった。


彼女が、何歳だったのかはわからない。少なくとも、小学校に上がる前、僕が父に連れられて基地に入り込んだときから容姿が変わらなかったのは事実だ。母が入院していたとき、どうしても父も休暇が取れず、仕方なく父の勤務時間を食堂で過ごす羽目になったのだった。彼女は、その澄んだ優しい声で童謡や歌謡曲を歌って僕の子守をしていてくれたのだ。


僕が、高校を終える頃、世界は様相を変えてしまった。
突如、どこからともなく現れた「彼ら」は、静止軌道を制圧した。太陽発電衛星は機能を止め、地上は大混乱に陥った。
次に彼らは地上の主要な施設を破壊し始めた。大気圏内ではある程度の防衛に成功したが、衛星軌道上からの攻撃になすすべはなかったが、世界が破滅するほどの打撃を加えることはなかった。


理由はわからない。


インド洋の軌道エレベーターが崩壊してインド亜大陸に叩きつけられ、巨大な地溝帯が形成されると共に数億人を一瞬で失ってから、攻撃は散発的になった。


父も、母も高軌道上の観測ステーションの常駐パイロットとして勤務していた。最初の攻撃に曝された彼らの生死はわからなかった。


人類は失われた太陽発電を埋め合わせるべく、枯渇し始めた資源を互いに奪い合い始めた。数発の戦術核が地上に皮肉な太陽を生み出し、莫大なエネルギーは何も生み出さず、ただ、死と汚染を広げたに過ぎない。


やがて、民間機は空を飛ぶことがなくなり、彼女は地上に縛り付けられた。
なぜ、空軍のパイロットにならなかったか。


「人を殺してまで空を飛びたくない。」


哀しそうな音色の歌で答えた彼女の目は、深く翳っていた。


次第に、戦況は鮮烈を極め、基地から出撃していったパイロットたちが遠方の戦線で翼を失って地に墜ち、土に返った知らせを聞くたびに、彼らの写真がクラブのビルボードに重ねられ、彼女は葬送の歌を哀しげに歌い上げた。
それが、空を飛ぶ仲間へ彼女ができる精一杯の贈り物だったから。


前線へ出撃していくパイロットたちが、彼女が歌うクラブハウスに次々と訪れ、絶望の淵から生きる希望を掻き立てて、飛び立っていった。
最後列のカウンター席でそんな姿を見ていた僕は、いつか彼女にそんな歌を歌ってもらうことを夢見ていた。


彼女の、気持ちも知らず。


一年ほどして、戦況は落ち着いた。帰ってきた機体、そして、失われた機体。
彼女は、変わらず、歌い続けていた。その高く、澄んだ歌声を聴くたびに、あるものは帰還した喜びを、あるものは失った友を高く蒼い成層圏蒼穹の色に思い出した。


僕は軌道からの帰途中に遭遇した攻撃により、体の大部分を損傷し、人工器官に置き換えることで生きながらえた。見た目には何も違いはない。しかし能力的には、あらゆる面が強化された。力は強く、すばやく、強靭な肉体。そして、電気的に直接入出力が可能なインターフェースを手に入れた。
僕は、低軌道要撃機「スワロウテイル」のパイロットとしての資質を手に入れたのだった。


脳が体に慣れ、直接的なインターフェースでの入出力に神経が慣れてきたころ、訓練生を卒業した。


スワロウテイル」は低軌道に定期的に遷移し、たまに攻撃してくる敵を邀撃するためにつくられた機体だ。操縦は非常に困難で、アーティファクトのニューログリッドインターフェース(NeGI)を持たなければ操縦は殆ど不可能だった。成層圏を飛ぶ為のTUNE-IIエンジンは高く、どこまでも「スワロウテイル」の機体を飛ばしてくれるように思えた。


目的も動機もわからない敵と、いがみ合い、殺しあう地球人たち。
相手にするなら、わからない敵のほうが気が楽だった。


その頃になって、敵の弱点が見えてきた。周期的に高軌道から低軌道へ集団で遷移していること。
すぐに幾つかの大国は、共同して対抗兵器の開発を進めた。しかし、必須とされる材料の特殊性から、予備を含めても二発しか弾頭を製造することができないことがわかった。


それでも、チームは弾頭を作り上げた。


それと同時に、スワロウテイルを「弾頭」のエアローンチ用に改造がされた。
「ラースタチュカ」と名づけられた攻撃機は、空気を切り裂き、成層圏を飛び続ける為の燃料と、それを燃焼して推力を生み出すTUNE-IIBエンジン二基と、僅かなウェポンベイと、NeGIシステムを賦課したアビオニクスと、一人用の窮屈なコクピットから成り立っていた。一応車輪とドラッグシュートもついていたっけ。


当然のように立候補したパイロットたちは、そのあまりの繊細かつ豪胆な機体の操作に戸惑い、脱落した。NeGIを持つスワロウテイルライダーでさえ、発生するエコーに悩まされ、適合することが困難だったのだ。
1号機は、高機動実験中にテストパイロットをブラックアウトによって失いながら、帰投用AIが機体を持ち帰った。2号機は別のテストパイロットと共に高高度で失われた。原因は不明だったが、ミサイルで撃墜された形跡があった。


僕は、候補に残った。


テストパイロットが残したデータから、スワロウテイルのシミュレーターはラースタチュカ用に改造された。
3号機と4号機がロールアウトしたのは、僕がやっとラースタチュカのシミュレーターで吐かなくなったころだった。


そんなある日、彼女がふらりと現れた。


どうせ、昨夜飲みに行ったフライトシム担当技官が誘ったんだろう。コントロール室から手を振っている。しかし、驚いたのはその後ろに基地司令が居たことだった。呼びつけられた僕に司令は、ブリーフィングを指示した。どうやら、夕べ、ラースタチュカを操れるかどうか、彼女と賭けをしたのは司令だったらしい。どうしてそんな話になったのかはわからない。


しかし、彼女はNeGIを装備していたし、適合チェックに難なく通った。
立ち会った僕は、NeGIデータベースに記録されていた彼女の記録に驚愕した。


体を失う前の彼女の戦歴、撃墜歴。伝説の妖精王と呼ばれた女性パイロット。
スワロウテイルのシステムは彼女のために開発された「ティンカーベル」を移植したものだったのだ。
でも、彼女の言葉を思い出した僕は、静かにそのウインドウを閉じた。
彼女が言わないのなら、言いふらす必要はない。


彼女は、空を飛ぶことと歌を愛するVOCALOIDなのだ。


ロッカールームでフライトスーツに着替えて出てきた彼女へ、ラースタチュカの特性を伝える。基本的な操作系はスワロウテイルと同じだが、高高度でのラム圧出力特性が格段に変わっていることから、ドッグファイト中の出力変動に注意するように言ったところで、クスクスと笑われた。


「大丈夫。戦わないから。」


そういって、鼻歌交じりで「本物そっくり」のコクピットにもぐりこんだ。ほぼ全身を固定される耐Gシートに納まって、ハーネスを固定する。HUD付のヘルメットに長い髪の毛を押し込んで、ロックする。そこらの新兵より手馴れたものだ。


そして、基地司令は財布を、僕はほんのちょっとだけあった自尊心を空っぽにした。
兵装システムを起動することなく、戦闘シミュレーションを潜り抜けるなんてありえない。


それでも、彼女は戦闘機のパイロットになることは頑なに拒絶した。


だが、再び悪夢は僕たちを襲った。
敵が、基地と周辺の都市を巻き込んでの攻撃を起こしたのだ。


地下の基地格納庫から地上に出た僕は、いや全員が声を失った。街のシェルターに避難できた人たちは幸運だった。彼女は、その幸運な一群にいて、歌を歌ってみんなを落ち着かせていた。


ラースタチュカは4号機は大きな破損をしていたが、1号機と3号機はほぼ無傷だった。


空爆から二日目。
憔悴した顔に、哀しい決意を浮かべて彼女は、ラースタチュカのタラップを登った。


「もう、これ以上哀しい歌を歌わなくてすむなら。」


第一パイロットの彼女は、サポートに徹する僕にやっと微笑を見せてくれるようになった。
彼女は固定兵装がないテスト機の1号機を選んだ。3号機は、スワロウテイルと同じ20mmガトリングを積んでいる。


「その分、燃料をたくさん積んでね。どこまでも飛べるように。」


1号機のダイレクトリンクコムから3号機に流れてくる歌を聴きながら、僕たちは完熟飛行で地球を何度か巡った。こんなに蒼穹が美しいと思ったのは、シャトルに初めて乗ったとき以来だった。


最高のパイロットを手に入れたことで、作戦は転がり始めた。作戦名「ストラトスフィア」。「弾頭」が基地に搬入され、固体燃料発射体と接合された。ラースタチュカの弾槽から投下されて、点火。敵の集団へ弾頭を撃ち込むのだ。


それで終わり。


しかし、事態は流動的だった。それまで沈黙を守っていたある大国が、作戦への反対を掲げたのだ。理由は、その国のいつもの主張どおり身勝手で意味のわからないこと。作戦の妨害も表明した。
敵がその大国の中枢に食い込んでいたのか。わからない。


それでも、作戦の準備は着々と進められた。当然反対する大国の上空は避けて飛行経路を設定された。しかし必然的に公海上を飛行するので、そこでの迎撃は予想される。協力する各国はなけなしの機体を集めて護衛隊を編成した。護衛機のパイロットたちは、異様なラースタチュカの姿とその能力に畏怖し、それを操るパイロットの技量に憧れたが、パイロットの素性は極秘にされた。
しかし、何度かの訓練飛行に付き合う護衛機、随伴機のパイロットたちが囁き始めた。


「歌が聞こえるんだ。どこまでも飛んでいけるような、旋律と歌声なんだ。彼女が飛べといえば、どこまででも飛べる。」


噂は静かに広がっていった。どこかの物好きが録音した低利得の歌声がnetに流れ出してからは、彼女は「燕」と呼ばれるようになっていった。


「いいわね。燕だって。」


シートに潜り込む彼女ははにかみながら笑った。
作戦日の二日前だった。


夜が明ける前にパスファインダーの僕が離陸し、続いて彼女が離陸した。兵器を積んだラースタチュカはいつもより重そうに見えた。しかし、アフターバーナーを焚いて、すぐに高度を上げていく。先行して離陸していた護衛機が編隊を組んで後衛に入った。先遣部隊から進路クリアの通信が入る。


彼女は、やっぱり歌っていた。


でも、その日は、彼女を守りきれなかった。


片方のエンジンだけで、やっと基地にたどり着いた彼女はしばらく、コクピットから降りてこなかった。僕も、自分のシートに埋もれたまま、唇をかんでその一瞬を思い出していた。
もう少しで手が届きそうな蒼穹に舞い踊るラースタチュカ。それを襲う赤い星の悪鬼。
いくつもの機体が翼を失い、光球と化し重力に引き戻されていく。
そんな破片を吸い込んだラースタチュカのTUNE-IIBエンジンはコンプレッションブレードを撒き散らかして停止した。見る見るうちに速度と高度を失うラースタチュカ-01。
群がる悪鬼たち。
一体何機の味方と敵が翼を折られたろうか。
彼女の盾となって砲弾を受ける僚機。
リンクから歌は聞こえてこなかった。
ただ、火球が光るたびに押し殺したようなうめきが漏らされるのを聞いているしかなかった。


「なぜ、歌うの?」

「飛ぶのはうれしい。でも、怖いから。自分も、みんなも翼を失うことが。歌っていると、皆のためにがんばれるから。」


士官食堂で言うことじゃなかった。
軒並み居並ぶ小隊長たちが自分たちへの挑戦と受け取ったのだろうか。
「お前らは、俺たちが守る。だから、安心して飛べ。部下たちの為にも。」
腕に黒い喪章をつけたタンゴ小隊の隊長が口火だった。そんなに護衛隊を結成したら基地守備隊が居なくなるぞ。基地司令がつぶやいた。


そして、最後の夜明けを迎えた。


ブリーフィングルームで意気喧高な護衛隊を送り出したあと、彼女は僕の腕を掴んで引き止めた。


「ありがと。」


彼女の残り香と共に唇に一瞬触れた柔らかさは、少し、彼女の涙が混ざっていたと思う。
突然のことで硬直した僕は、暗い廊下を彼女に遅れてハンガーにたどり着いた。
整備員たちに囲まれている彼女には近寄れなかったが、今日彼女を守り抜いて、帰投すればまた会えると信じて、自分のコクピットに潜り込んだ。


担当の整備員が僕のヘルメットを叩いて握手を求めてきた。
彼の家族はこの間の爆撃で失われていた。小学校は巨大なクレーターに姿を変えていたのだ。
無言で握手を交わすと、彼は親指を立ててタラップを降りていった。


管制の緊張した声が流れ込んでくる。護衛機であふれかえる空域管制に追われているようだ。
システムオールグリーン。兵装システムチェック。残弾チェック。動翼チェック。ダイレクトリンクチェック。
続いて歌うように彼女のチェックアップが流れ込んできた。飛び交うフライトコムの音声が一瞬水を打ったように静まり返り、次には緊張感と熱意がみなぎった交信が再開していた。


滑走路から、護衛機が続々と離陸していく。この数日間、燃料タンカーがひっきりなしに行きかい、陸軍がそれらを護衛して動き回っていた。全てはこのフライトのために。
車両という車両から燕の歌声が流れ出していたのには、彼女も苦笑いしていたが。


パスファインダーよりラースタチュカへ。これより離陸する。タンゴリーダー、ラースタチュカ離陸後に後衛に入ってくれ。」
「タンゴリーダー了解。各機、燕が上がる。飛行経路を確保せよ。離陸後燕の後衛に入る。遅れるな。」


夜明けを切り裂いて、ラースタチュカは離陸した。


雲を突きぬけ、蒼穹高く、彼女は、ひたすらに高く、高く、音速を超え飛び続けた。
僕はただ、彼女の背を追いかけ、護衛隊の網を潜り抜けた敵対機を何機か落とした。
いくつもの光がきらめき、爆音が燕の歌声をかき消そうとした。
でも、彼女の歌は音速を超えて空を渡っていた。


気がつくと、風が鳴り止んでいた。
成層圏だ。ラムジェットのコンプレッションが息づいている。


彼女は歌い続けていた。


その機体へ向けて高高度対空ミサイルがするすると登ってくる。随伴してきていたタンゴ-02のスワロウテイルがデコイを射出しながら、その身を射線に投げ出す。巨大な火球が蒼い空をオレンジに染め上げる。


「前方に標的確認。ローンチシステムチェック」


だが、燕のラースタチュカのローンチシステムパラメトリはレッド。弾槽ドアが開かない。
彼女の泣き声がヘルメットに響いた。
「燕よりパスファインダー。分離できない。」
「ミッションアボートだ。引き返そう。」
僕は即断した。
「だめ。もう、翼が折れるのはいや。」
「燕!」


彼女のラースタチュカのアフターバーナーが輝いた。パラメトリが帰投限界を超えたことを赤い警告で伝えてくる。
レーダーのブリップ数が増える。
迎撃体制に入られた。
僕もアフターバーナーに点火して燕を追う。
帰投限界を、超す。
アラートを無視する。


燕の歌を守るんだ。


対空クラスター弾を射出。前方でたくさんの光球が膨らむ。
彼女の前衛に入ろうとしたところで、アフターバーナーが切れた。軌道が下がり始める。
「燕!」
僕の悲痛な叫びを切り裂くように更に加速していく燕。
翼を振って去っていく燕。


「ありがと。また、空が飛べて幸せだった。」



彼女を捉まえることは出来なかった。いや、誰も出来ないだろう。
彼女の歌は天空を満たし、聴くもの全てを勇気づけた。



あとは、みんなが知っているとおり。



天空の光が暮れたあと、気を失っていた僕を乗せたボロボロのラースタチュカ03は味方基地を目指し、誰かに抱えられるようにやさしく静かに着陸して、力尽きた。



これで、全部だ。



僕はまだ、彼女を探して蒼穹を飛び続けてる。